高島俊男先生

通常、読書の話は読み終わってから[記録]でアップロードしている。前にも書いたがこの読書記録をアップする意味は、自分が本を読むだけだと流入ばかりなのでたまにはアタマから外へ流出してやりたい、というのと、ただ漫然と時間をとりこぼしていたわけじゃない、という記録のためが大きい。さらに自分自身が人の読書記を読むのが好きだからというのもある。だれか一人くらいは面白がってくれるんじゃないかと。
で、今は高島俊男先生の「本と中国と日本人と」ISBN:4480039163でいるのだが、まだ読み終わっていないにもかかわらず、あまりに面白くて、今日は一人で週末感を楽しむべく酒場で酒を飲みながらこの本を読んでいたら、くすくす笑いながら酒を飲む不審な人になってしまったので、いつもの流儀を曲げてあえて面白かったところを抜き書きしておく。
高島先生は、週刊文春で「お言葉ですが…」という愉快な連載を長らくやっておられる。また文春新書の「漢字と日本人」はスマッシュヒットになった。どれも面白いだけでなく、蒙をひらかれるのでぜひ読んでいただきたい。日本人がいかに21世紀になっても中国語というか漢語に依存しているのかということがよくわかる。自分は新かな時代に育ったので旧かな遣いは馴染みがなく、むしろ読みづらく思っているのだが、高島先生を読んでいると、新かなイカン!という気になってくるから不思議だ。とかく高島先生は丁寧に、わかりやすい文章を書かれ、それがまたいい調子なのである。あ、ちょっとうつってる。
本書は高島先生が中国にまつわる本を紹介された本だ。いわば先生の読書記であるが、読書記を読むのがそもそも好きな自分にとって、これほど興趣をそそられる本はない。それに加えてまた先生の筆の冴えること冴えること。
たとえば幸田露伴の「太公望王羲之」という本を取り上げて曰く

 露伴は東坡が好きである。だから文章がウェットになる。すると露伴の通俗な一面
が出てくる。東坡は心のやさしい人だったとか兄弟愛が深いとかしきりに強調する。
日本の史伝のほうで言えば「頼朝」などがそうで、頼朝は孝子で敬神の念が篤いと推
重する。話が俗になる。露伴を知らぬ人が初めてこうしたものを読んだら、なんだ道
学先生と変わらんじゃないかと思うかも知れない。露伴は情の移らぬものを読むべき
である。
                                                                         <本と中国と日本人: pp.92>

だそうなのだが、自分に言わせれば高島先生もまた褒めるところより貶すところのものを読むべきだ。事実、このくだりのすぐ後では、岩波文庫から出た「露伴随筆集」をけちょんけちょんにやっつけておられるのだが、これが滅法面白い。自分が岩波文庫の関係者であれば顔面蒼白になること間違いない。論より証拠、ひとふし引いてみると

 露伴の文庫本と言えば去年岩波文庫で『露伴随筆集』上下という、それはそれはひ
どいものが出た。一年来ムカムカしているのでちょっと書かせてもらう。例のさかし
らで、なくもがなの書名カギカッコをつけ、まちがいだらけの訓読文をつけ、さらに
注を付けたもの。この注が、まともなのは一つもない、と言っていいほどのあきれか
えったシロモノだ。
                                                                         <本と中国と日本人: pp.92>

実際にひどい注なのだろうが、なかなかここまで真っ正面から批判を加えるということはできない。自分のように、誰が読むとも知れぬweb日記ですら、ついつい慎んでしまったり消す勇気を発動させてしまったりするのだが、出版物でここまで書いてしまうのは、いやさすが高島先生である。
このほかのところでは

 話が飛ぶが、わたしは、わが国の明治の十年代から昭和の敗戦までの六十年ほどを、

青年の友情の時代だと思っている。それが典型的に見られたのが高等学校である。
                                                                   <本と中国と日本人: pp.111-112>

とか

 実はわたくし、この本を読むまでかつてそんな人がいたことも知らなかったのであ
るが、これは魅力ある人物だ。神の寵児で、ためにあまり長く地球上に滞在すること
を許されず、短期間に濃密に活動してたちまちまた天国へ呼びもどされた人、という
おもむきがある。
                                                                         <本と中国と日本人: pp.145>

とか、はっとするような記述も続出で、実に読み応えがある。お好きな人にはたまらない好著だと思います。

ところで話は全く変わるが、自分はどうもネットで金をあれするのがいやなので代引きとかコンビニ払いとかができない限り、酒の肴としてすらも波状言論をよむことはなかろうと思っていたのだが、随所で楽しげに波状の東先生いぢりをされている方々をみると、センターGUYを見るためにメンズeggを買ってしまう自分のような愛好家は、やはり波状を買わねばならんかなと思わぬでもない。しかし高島先生に東先生的なものを読ませたらどんなフレーズが飛び出してくるか、想像するだけで笑えてくる。空想異種格闘技戦の登場人物としても高島先生は面白いなあ。