腐女子ネタ つづき

http://d.hatena.ne.jp/goito-mineral/20040818 より

こういう記述があるのに、「emifuwaさんの語りには「世間」は含まれているが「男子オタ」は含まれていない」
というのはちょと無理があるんじゃ?>urouro360さん。たしかにぼくは、この部分を拡大したし、そこを中心的な
話題として持ってきた。そのことへの批判ならわかるんですよ。しかし、「含まれていない」ってのはどうなんですか。
それはやはり誤読じゃないの? こういうのをみつけると、それをurouro360さんの「否認」とみなし、そこを梃子に、
今度はurouro360さんの心理の解析をはじめちゃうよ〜オレはw。

二重引用めんどくさいのですみませんが「こういう語り」についてはgoitoさんのほうをご参照いただけると幸いです。で、心理解析をはじめられても困ってしまうので(笑い 、 この件について返答しておくと、いやそれはもうみごとに読み落としていました。失礼失礼。というわけで昨日のエントリから、「男子オタは含まれていない」は取り下げます。でもねえ強弁するようですが、やはりここでemifuwaさんが語っていることというのは、「男子オタのホモフォビアによる反発への反発」かというとそうでもないと思うのですね。なぜemifuwaさんがここで「男子オタ」という語をチョイスしたか、という問題はあるのでしょうけれど、自分にはここは「二次創作に興味がない漫画好き」というのと交換可能なんじゃないかなと読みました。だから自分の読解の中に「男子オタ」がきれいに落ちていたのでしょう。だからホモフォビアなんじゃなくて二次創作フォビアなんじゃないかと思うんですが。goitoさんが「男子オタ」という言葉に与えているのはもう少し違う意味なんじゃないかと思えます。ただこの辺ちょっと面白いのは、二次創作をする女オタと二次創作をする男オタどうしはどう認識しているのでしょうね。あと男女カップル二次創作についてはどう考えればいいのでしょう。たとえばアイシールドの原作が昨今急速にヒル×まもを煽り立てているように読めるのですが、単行本一巻のころのヒルマモ萌えだった人のなかには、原作がそれっぽくなると醒める、という意見もあるようです。これを知ったときには、なんつー奥の深い世界だ二次創作は...と感じ入りました。それはさておき、ヒルマモ萌えしている人がアイシールドの売り場POPで、「今もっともそそる男女カプ」というPOPをつけられるとやっぱり激怒すると思うのですが、自分にはこの問題もそういう感じなんじゃないの、と思えて仕方ありません。ジェンダー論っぽく展開する前の問題なんじゃないの、ということです。
といってもですね、もはやそれをご本人に確かめるすべもかなわずといいますか、自分は自分の思ったことを語るのみなんですね。それがもったいないと思ったので、昨日はつい、一次資料提供者前にして勿体ネー!と書いてしまいましたが、人には人の立場があるのでgoitoさんが一次資料採集にぴんとこないというのも当然だと思います。あくまでも自分の個人的な感覚と興味の性向にしたがえばそうは出ないのにな、ということです。マンガ評論ままあれどマンガ愛好家ライフヒストリーみたいなのはまだまだ手薄に思えますので充実すればいいとは思いますが、実証主義も万能ではないですし、どういう手法をとるかは研究家のオリジナリティの部分も大きいですし。
正直に言えば、自分は傍らから見ていて、goitoさんの第一弾にある「そんなに卑屈にならないで、もっと堂々としてなよ」という部分は不遜だと感じました。好きで内向している人を卑屈になっていると誤解しているよ、と読解したのも原因ですが、単に口語的よびかけ表現の印象の問題もあります。ここが単に「腐女子は卑屈になっているのか」という疑問提示だけだったら世界は違っていたのじゃないかと思えて仕方ありません。あとまあ自分の奥底には腐女子を足がかりに結局男子オタにどーぞこーぞ言いたいだけちゃうんか、という疑念もあったわけですが、これに関してはそんな皮相なレベルではなく、goitoさんが本当に男子オタ×腐女子モンダイを取り扱いたいということがよくわかりまして解消いたしました。全体的に見てですね、初手で相手をカチンとこさせておいて、そのあとに「内面の言語化という、これはこれでたいへんハードな要求ですので、さあやれ、すぐにせよ、とはいいません。」と言い放てるのはもはや喧嘩師のレベルだと思います。さらにそこで相手が脱力後退するのをみて「「わかってほしいけど、わかられてたまるか」という態度に出会うたびに、私はひどく悲しい気持ちになるのですよ。」と言ってのけるのはもはや芸術の域に達しています*1。人間技とも思えません。あててこすっているわけではなくて心からそう思っています。ま、言わずもがなのことですがディスカッションの中身ではなくて外側に対してそう思っちゃう感受性もあるという例をあえて言語化してみました。もちろんこれこそ感受性の問題で人がどうのこうのいえることではない事象の極北ですが。なぜ議論がすすまなかったかに対する理解の一助となれば幸いです。

*1:時系列からいって、こうつまむのは捏造だそうです。失礼しました。詳細はコメント欄をご覧下さい。