マンガ編集出版企業はユートピアなのか

(タイトル変えました)
承前。
自分はずっと、「はたらく」ということに関心があり、はたらくことや労働と個人の生活をどう結びつけるかについてあーでもないこーでもないということは、このはてダのわりと頻出するテーマです。って一年間もほったらかしてて頻出って(笑。
なので、本件についても「大ヒットを飛ばす会社員マンガ編集者はモーレツ会社員」なのかどうかということにひどく惹かれます。そういう関心から本件につれて出てきた漫画家サイドの怒りを読むと、(1)納入物(にしてそれが散逸するとお互い困るブツ)をなくす、(2)主体的に企画開発に携わらない、(3)無理なスケジュールでやり直しを命じつつ自分は土日は死守、というようなクレームは、はたして極めて通常よりも熱心な会社員じゃなければ対応できない内容なのか、という疑問がわいたのでした。これらをケアできないのは、極めて優れた会社員として、ではなくて、通常の会社員としてだめなんちゃうんかいな、という風に疑い始めたわけです。
ここで注意する必要があるのですが、自分の疑いは、漫画家サイドの言い分を前提としているので、正当性や真実性についてはとても怪しいのは事実です。しかしここまでいろいろと出てくるからには、全面的に漫画家サイドが捏造しているとは考えにくく、やはりなんらかの火種はあると仮定して話をすすめます。
さて、マンガ編集出版業は、手工業のクリエイターの作品を仕入れてそれを販売するという意味では、一見、画廊みたいな商売です。しかし画廊が仕入れたものをそのまま売るのに対し、マンガ編集出版では、最終商品はコンシューマ品になるのが面白いところです。あまり似たような業種を思いつかないのですが、事業者自身がなにかを製造するわけではない点とか、消費者と常に向き合うのは事業者自身である点とかから、小売業とはわりと近いかなと思いました。で、小売業に対比して考えてみると、大手小売はもちろんメーカーに対して優位にあるのでいろいろと無茶も言うわけですが、メーカーに訴えられるくらい取引条件が横暴な小売業というのはわりとレアなのではないでしょうか。というか、もし担当者個人の行為が原因で訴えられたりしたら、その担当者ってどうなることやら。また、大手小売といえどもブランド品のメーカーには腰がひけるわけで、拝んで納入を要請したりするわけですが、今回の件では、かなり名の知れた漫画家でさえもブランド品あつかいにはなっていないということに、とても驚きました。あまりにもマンガ編集出版企業が漫画家に対して優越しています。ここまで取引先相手に一方的に強気に出られるなんて、会社員としてどんだけ楽なことか、と、とてもうらやましく思いました。びっくりするほどユートピア
で、夢想するわけです。流通とか商社とかでバイヤーとしての訓練を受けたビジネスマンを何人か揃えてマンガ編集出版業を起業したら、なんか容易に、差別化戦略できるんじゃね、みたいなことを。近江商人の経営理念として「三方よし」というのがあります。「売り手よし、買い手よし、世.間よし」じゃないと取引はあきませんよ、というやつです。巷のビジネス本読めば氾濫してますし、伊藤忠商事なんか「伊藤忠のDNA」とか言い切っちゃってますが、そういうマインドで経営するマンガ雑誌、ってどうかなあ。まあそれは冗談としても、結局、寡占業界なうえに志望者がいっぱいいるから、有力なメーカーをよそに取られたら・・・、みたいな焦りなく経営してるんでしょうね。もちろん一部の漫画家には下にもおかぬおもてなしをしているのでしょうが、下っ端ならともかく中堅にまで邪険にできるのは競争の少ない業界なんだろうなあという気がします。うらやましい。
二日前の記事では、会社員なめんな、と書きましたが、今、一般的な日本のビジネスマンは、自己の生活をなげうって労働生産性を上げろというプレッシャーにさらされやすい環境にあると思います。年功序列崩壊しているし、非正規労働者による代替は進展しているし。自分は総合職会社員として、自分の担当している作業内容が、派遣社員では代替不可能であることをアピールしつづけることを常に求められるような息苦しさを感じています。書店のビジネス本コーナーでは、仕事術とか生産性アップというテーマの書籍がどれほどあふれていることか。そういう「生産性!」ムーブメントにはほんとに辟易しているんですが、「言われたことをやる」というのはもはや会社員の要件としては最低レベルで、自発的にクリエイティビティをあげるのが良い会社員みたいな価値観が、どうも流布しつつあるような気がします。まあ自分がアッパーミドルだからかもしれないけど。経営者サイドの人的マネジメントの目標像って、残業代のいらないモーレツ社員なんですよね、結局。昔は企業文化のせいでほっといてもモーレツ化していたけど、会社神話崩壊後はそうもいかなくなったので、システムとしてモーレツ化教育を講じているような。ポジティブな被雇用者は、終身雇用が崩壊した現状への適応戦略として、転職可能性を高めるために自身の生産性向上にわりと真面目に取り組みつつあるとも感じられ。モーレツ化しないとどこかで職を失うのではないか、という不安感がなんとなくあります。
という背景から、自分は、「モーレツの時代じゃないから会社員マンガ編集者に多くを望むのは難しい」というテーゼに興味があるわけです。無言のうちにモーレツ化を強要してくる労働環境が産業界の一部にある一方で、なぜこの問題を語る人はマンガ編集出版企業の会社員にそれを声高に求めないのか。それを求める漫画家サイドの言い分を、言ってることはわかるけど会社員にそれを言うのは無理だよ〜みたく流しがちなのか。大変興味深いです。