戯言シリーズを読んで最近の日本のミステリを読みたくなったという人がいたら

正直、ネコソギラジカルなんてまだ何の事件も謎もないわけで、ここまで登場人物の物語ががんがんすすんでいくものを「ミステリ」と称するのには抵抗があるのだが、でもまあ自分はメフィスト賞作品だから手に取ったわけだし、シリーズ中の作品にはきちんと謎と謎解きのセットがあるわけで、やっぱり戯言シリーズはミステリといっても間違いではないだろう。まあ自分は狭義のミステリ愛好家だから、本当のことをいえば、すべての登場人物が謎と謎解きのためだけに存在するようなミステリの方が好きだけど、戯言みたいに、物語のために謎があるというのも悪くない。
で、以前、「もし身近に西尾維新を読んで新本格って何?とか言う人がいたら何を薦めるか?」についてのエントリを書いたんだけど*1、ちょっと今回は真剣に最近の日本ミステリでどれを薦めるかについて考えてみた。
まず、戯言シリーズの魅力を分析すると、
(1)謎と謎解き、とくに謎解きがちゃんとある上に、独特の形式になってること
(2)血がカッと熱くなるような昂揚感をもたらす物語、文章
(3)意味ありげな名詞がそこここに折り込まれ、それが大きな絵を描いたり、あるいは魅力的なガジェットになっているところ
(4)キャラ萌えせずにはいられない独特のくせがあるキャラクター
 (4')なかでも青髪やら赤髪やらメイドやら女子高生やら剣豪やらとバラエティに富んだ女キャラの数々
(5)青臭い、けどそれが気持ちいい、人生観に彩られ、読者が中学生なら思わず抜き書きしてしまいそうな記述、トーン
(6)陰謀論めいていて空恐ろしい感じがするけど同時につじつまはしっかり合ってる作中世界設定
自分にとってはこんなとこかな。重要度は1から順に下がります。で、ミステリを薦めるわけだから1をみたすことは当然として、あとは全部を兼ね備えたのは今ひとつ思いつかないので、いくつかあてはまるというのを考えてみよう。ところで自分はミステリ好きだけど、このジャンルも「好き」の範囲が果てしないので、身の回り世界ならともかくインターネット世界で自分のことをいっぱしのミステリ好きだと名乗るには抵抗がある。「ミステリ好き 5級」くらいが本当のところだろう。なので、その辺、お含みいただきたく思います。できればあれだね、「ミステリ好き 三段」くらいの人が選ぶセレクションも見てみたいな。海外とか古いのとかも範疇に入れるとだいぶ変わりそう。
さて、まずはなんといっても島田荘司御手洗潔シリーズには1・2・4・5が含まれると思う。キャラ萌えはいうまでもなく、天才にして奇人の御手洗潔。でも女キャラはイマイチなんだよね。レオナ、あんまりときめかない。あとそもそも女の登場人物が少ない。文章や物語はわりとどれも昂揚感あふれるけれど、なかでも「異邦の騎士」はいい。ぐっときて泣ける。そしてカッとなる。血が湧く。あと御手洗シリーズは短編集がいい。「数字錠」(「御手洗潔の挨拶」所収)はほんとに素晴らしい。ぐっとくる。このあたりは5にもあたるかも。同シリーズは何作も出ているけれど、一般的には新しくなるほど出来はイマイチということになっているので、最初の方から読んでいった方が外れは少ないと思う。個人的には「水晶のピラミッド」すごい好きなんですけど、このあたりで評価がわかれ始めるという印象があるなあ。
京極夏彦京極堂シリーズは1・(2)・3・4・6くらいを含みそう。大して物語に関係しない蘊蓄を大量に含むのが京極堂シリーズの特徴なので、この蘊蓄を楽しめたり、あるいは完全に無視できる人でないと読み通すのはつらいかもしれない。自分は2回読むことにしていて、1回目では蘊蓄は概ね飛ばし、2回目で妖怪蘊蓄本として楽しむことにしている。キャラは語り部の関口が死ぬほどうっとうしいのをのぞけば、どれも好人物で萌えがいがある。関口のうっとうしさは天下一品なので、ダメ萌えの人はそれはそれでいいだろう。意味ありげなほのめかしと広大な作中世界設定はそれはもうそこここに出てくるから、戯言シリーズを読んで、作中ほのめかされる語られていないことがらの一覧表をつくっていたような向きにはオススメなのだが、刊行スピードが落ちていてちっとも絵解きが始まらないのが難。2の昂揚感は、そういう作品もある、というくらいで全部ではない。「塗仏の宴」の下巻、敵本拠地へと進むところが作中で一番昂揚感があった。あ、その前の作戦会議の終盤もそうだな。つかあれですね、昂揚感は概ね榎木津の活躍に付随しているんですね。シリーズ中、一番すごいのは「魍魎の匣」だと思うけど、これはあんまり爽快感ないなあ。基本的に連作なので最初から読む方がいいけど、一作目の「姑獲鳥の夏」が最も読みにくいので我慢が必要。
森博嗣犀川&萌絵シリーズは1・4・(3)くらいか。キャラ萌えはしてる人多いし、萌えそうなキャラクター多いけど、個人的にはあまり萌絵の造形が好きじゃない。っていうかこんな女子大生いない。でも犀川と萌絵の間の空気感はいい。あと国枝先生がすばらしい。ポエミーなところとか犀川が妄想するところとかには、作者の人生観が色濃く現れているので、5の要素もあると思うけど、あまり健全な感じがしないうえに独特すぎるので保留。シリーズ通してのラスボスがいるので、通して読んだ方がいいと思うけど途中で絶対だれると思う。でも実際はこのシリーズに加えて、vシリーズ、四季四部作などそこらか中のストーリーがつながっているのでめんどくさいが、逆に大きな物語が徐々にあらわれてくるのが好きという人にはオススメ。シリーズ中では「封印再度」が一番好きだけど、我ながらそれはキャラ萌え以外のなにものでもないなあ。
キャラ萌えミステリ数あれど、女キャラが魅力的って作家はなかなか思いつかない。そこでオススメなのが森雅裕。とくに鮎村尋深シリーズがよろしい。なかでも「明日、カルメン通りで」は1・2・4・5を含むうえ、一人称で視点人物が男、登場人物は視点人物を振り回すような破壊力のある女性だらけ。いい。戯言シリーズの萌え萌えなかんじとはまったく逆ですが。森雅裕は文章がかっこいいんだよなー。胸が熱くなっちゃうよ。あとスカした登場人物が多くて、そのスカしっぷりとそのために維持すべき態度については、中高生の頃、多大なる影響を受けました。手に入りにくいのが難ですな。図書館には必ずあると思うけど、新刊本屋にはまあないな。爽快感という意味では、シリーズ外ですが「100℃クリスマス」が一番好きです。
妙な世界を書きつつ、それがさまになっている上にかっこいい、というのはやっぱり山口雅也だろうなあ。キッドピストルズシリーズは、1・(2)・4・6を含みます。ピンクのバカかわいさ、キッドの保護者っぽいかっこよさ、いいねえ。シリーズは連作短編だし、数も少ないから全部読めばいいと思う。シリーズではないけど、「生ける屍の死」はすごい作品なので、ちょっと読んでみてほしい。
女キャラといえば北村薫の「覆面作家」シリーズもいいなあ。女キャラは1人ですが、いろいろ衣裳チェンジしてくれるので萌えます。北村薫は後味が悪いのが難だけど、覆面作家はましな方だし、シリーズ大団円はほのぼのしているし。
とまあいろいろ書いてきましたが、一番のオススメは、泡坂妻夫「亜愛一郎」シリーズです。これはねえ、まず謎が洒脱で謎解きがよく、小ネタが連鎖して最後はひとつながりになり、素敵なキャラクターがわんさか出てくるという点で、戯言シリーズで日本のミステリにもふと興味を持ったよ、という人にはオススメしたい。とぼけたトーンなので、昂揚感とかはあんまりないから、青春っぽさを気に入っている人にはオススメできないし、空恐ろしくなるような世界観もないから陰謀論好きにもオススメできないけれど、まあこんな洒落たミステリちょっとないですよ。一読の価値有りですよ。創元推理文庫なので入手しやすいし。ちらちらする意味ありげな描写に遊び心があるので、意味ありげな名詞好きの人は気に入るんじゃないかと思います。
御手洗潔か亜愛一郎のどっちかは必ず気に入ってもらえると思うな。タイムアップなのでここで擱筆。あとで追記するかも。