温泉旅行記

嵐山光三郎ちくま文庫温泉旅行記 (ちくま文庫)
自分はかなり熱狂的な嵐山光三郎ファンだと思うが、そのきっかけは素人包丁記であり特に食べ物関係の文章が好きで好きでたまらない。素人包丁記の筍三昧の話は子供心を直撃したものである。というわけで嵐山光三郎の食べ物関係は外さないようにしていたが、その反面、温泉ネタはなんとなく敬遠していた。
しかし今回、本書に手を出して、ああやっぱり嵐山光三郎が好きなのだ自分は!ということを強く確信した。なんで温泉ネタ控えてたんだろ。謎だ。特に親子3人旅行の旅行記が秀逸。しんみりじわりとさせながらくすりとさせます。ご母堂と岩魚の件が面白すぎる。
ところで文人を泊めた温泉宿の話のところで、生きる近代文学史である女将について書いているけれど、嵐山光三郎自身も十分、近代文学史を生きているように思う。自分は嵐山が偲んで書く深沢七郎檀一雄のエピソードが大好きなのだが、自分にとって坂口安吾近代文学史級で、その安吾の叙述の中に友人檀一雄のことはときどきでてくるわけで、だから檀一雄近代文学史的人物と見なしていたのに、それを自分にとって現代作家である嵐山がリアルに書いている、というのはいつもくらりとくる失見当識感がある。人間の時間感覚なんていいかげんなものだ。
今のところ、自分なりの嵐山ベストは「頬っぺた落とし、う、うまい」「文士温泉放蕩録ざぶん」「文人悪食」あたりだったのだが、温泉物も今一度フォローし直さないとなあ。ただ書店店頭にあんまりないんだよね、この人。ちくま文庫はぜひ全集を出すように。