フィギュア萌え族騒動雑感

もうそこらじゅうで言及されているので事実の説明はしない方向で。思ったことをつれづれに書く。
いろいろ思うことはあるけど、まず大谷昭宏について:大谷昭宏はなんとなく好きだったので残念。痛快エブリディ!木曜日パネラーとしても好きだし、黒田清率いる読売新聞大阪社会部という意味でも好感を持っていた。弱いものを助けて権力の歪みを撃つのが黒田軍団だと思っていたのに、権力というか良識というか大多数を疑わず弱いオタクをいじめるようなことをなんでするのかなあ。というか自分の行動がそう見えると言うことを意識しない、第四の権力マスコミの内部者で自分の行動が権力行使であると言うことに鈍感な姿勢にがっかり。質問状に答えないとかそういうのは特に気にならない。この世代で非ネットワーカーならそういう対応は予想できるというか、そもそもこんなこと言い出すやつがネットワーカー的に誠実な対応できるわけないだろうという予断込みで。
騒動について:大谷昭宏が一生懸命言ってるという行為は知っているが、それがオタクバッシングにつながっているとは実感できない。宮崎勤のころは目に入る全ての媒体がオタクオタクいってた気がするけど、今回は大谷さんとそのまわりがいってるだけに思える。だから世によくある妄言のひとつとして処理していたので、ネット界隈の大騒動ぶりにはびっくりした。カリカリしてんなーと感じた。宮崎事件の時はスプラッタ映画のみならず犯行に使用された車が廃盤になるなど、わけわからん自粛が相次いだわけだが、今回はとっても猟奇的でぞっとする事件の割には、そういうPTA的ヒステリーを感じないのは不思議。逮捕以降、生け贄になるようなガジェットが出てこなかったからだろうけど。ただしこの辺は感受性というかアンテナの問題かもしれないので、完全には断言できない。
アイディアについて:犯罪とは要するに常識とか社会的了解の一線を超えることなのだから、それは社会を認識して自分の行動を制御できるかどうかの問題であって、オタクだから犯罪者とか犯罪者でないという議論はナンセンスだと思う。ただし嗜好と犯罪傾向に関連がないわけではないだろうから、怨恨など利害・人間関係から乖離した犯罪ではフィギュア萌え族的なプロファイリングは有効だろう。プロファイリングとしては精度が低かった(実際当たっていない)とか、精度の確からしさ保証できず、しかも捜査権がないために情報を十分手に入れられない立場の人間が広く自説を開陳することについては問題があると思うが、それは手続きの問題であってアイディアの問題ではない。そういう意味ではこれを混同したまま批判すると、つまり自分の立ち位置がオタクだとかフィギュア萌えだとかいうことを強く打ちだした状態で批判することは、相手の妄想を刺激するだけではないかと思う。批判は「創」とかのメタジャーナリズム系媒体でやるべきだろう、っていかにもやりそうだな。
良識的でないエンタティメントが犯罪を促進するかどうかについてはなんともいえない。脳のしくみとしてはそういうこともあるかもしれないとは思う。しかしオタクが一般社会より犯罪性が高いかどうかについては、まったくなんともいえない。統計的調査はするべきだと思うが、思想傾向と犯罪率の調査なんていかにも人権侵害なこと、現代の社会でおおっぴらにやっていいのかどうか。できたとして、かつ有意差があるとしても、疑似相関でないといいきれるのかどうか。たとえば在日朝鮮人とか被差別部落住民の犯罪率がどうこうという結果があったとして、それはそういうレッテルゆえに社会的に成功できないからではないかという反論は可能だろう。まーそのへんはサンプル数が十分あれば、統計手法的にうまく操作できるのだろうけれど、となると問題なのは「オタク」レッテルの範囲だ。オタクレッテル概念がいかに不確実かという話題はこのダイアリのなかで頻出してるけど、オタク内部での区切りとか合意がまず曖昧であるし、つぎにレッテルとしてあまりにもいいかげん(たとえばジャンプサンデーマガジンしか読んでない奴を自分はオタクと認めないが、「いい年して少年マンガ誌を週に複数冊購入している」という意味でオタクと分類する人間は存在する)なので、オタク集団みたいなものを明示できない。外部から観察するとなるとさらに難しいだろう。たとえばコミケに来ている人間を調査することは可能だろうが、コミケ参加集団に十分な代表性があるかというとはなはだ疑問だ。コミケに来れるのはオタクの中でも社会性が高いやつなんじゃないかと思うし、少なくとも今回の犯人はいなかったことがはっきりしている。したがってサンプリング方法として極めておそまつだ。
コミケに来た人」というのはしかし、少なくとも一つの行動によって抜き出されているわけだから外から観察できる。しかし「フィギュアを買っている人」を対象に調査するとなると、どうすればいいのだろうか。フィギュア屋から顧客リストを借りればある程度フォローできるだろうが、いつどこでなにを買うかとうことはものすごくプライベートな情報で、人権を侵害せずにそういう属性をもつサンプルを集めることはできないように思う。ということは(1)「オタクとは何か」が曖昧で、(2)作業仮設として「オタク」にある程度定義を設けても、オタク属性は趣味の範疇なのでプライバシーの問題がある、という2点のためにマスの調査を行うためにサンプリングすることは難しいだろう。また(1)' として「オタクとは何か」が曖昧なため自称と他称がずれやすく、どちらの集団を対象とするかという問題も生じる。
というようなことは今ぼんやりと考えただけなので、犯罪研究ではもっと精緻なしくみがあるのかもしれない。しかしオタク定義が確立していないし拡散していることは確かなので、いかに洗練された手法があってもやはり難しいのではないかと思う。少なくとも自称オタク集団が受け入れられるような調査は行われないだろう。そもそも趣味や嗜好と犯罪傾向という研究で、広く合意されているものなんてあるのだろうかという気がする。生理学的心理学的な調査は出来ても(たとえば心理学者はテレビなどの暴力シーンが、脳に暴力による解決という選択肢を学習させていると主張する)、統計的には難しいだろう。防犯の意味ではそういう研究よりもむしろ、最近すすんでいる街の犯罪マップ(犯罪のハザードマップみたいなもの)などの方が役に立つのではないか。あとコミュニティが分断されているとかそういう社会学的な研究はありうるだろうけど、それは犯罪率よりも検挙率につながりそうな気もするなあ。
というわけでまとめると:オタクだからどうこうというのは極めてあやしい仮説で、それが防犯に役立つことはあるだろうけどそれよりもむしろ人権を侵害する可能性の方が大きく、またその人権侵害を許容(我慢)できるほど大きな防犯効果はないのではないかという気がするので、個人的には受け入れがたい。また仮説を検証するためには調査や実験が必要だが、そのためにはオタクの定義というかある程度広く合意される概念が必要だが、近年オタク概念は拡散の方向にあるので、現状ではそのような定義や合意はないように見受けられる。しかしながらオタクと犯罪の話題はよく出るので、誰かいい加減に精緻なオタクの社会研究をやるべきだと思う。やってください。その際にはオタク内部での合意もさることながら、世間一般とオタク(仮)社会内部での感覚のずれを明らかにすることが、なによりも重要だろう。